一枚もめくられることなく飾られていた。
20年ほど前のことだろうか。
ある日の夜、ミーティングが終わり、
皆でラーメンでも食べに行こうという話になった。
Yくんにも声をかけると、珍しく首を横に振った。
「明日朝、早く姫路に行かんとあかんのやって」
「そうなんや、何しに行くの?」
「うちの親戚の家が姫路にあって、古い家なんやけど、
もう何十年も空き家になってて、今度取り壊しになるので、
その打ち合わせでおかんと行かないとダメなんや」
聞くところによると、Yくんのお母さんは、
若い頃に姫路に住んでいたらしく、
その家を解体するということだった。
築100年くらいらしく、
高校の美術の先生をしていたおじさんが
住んでいたが、もう何十年も空き家になっていて、
その間に泥棒が何度も入ったなんていう話を聞いた。
たつやはその話を聞いて、
一緒に連れて行ってもらえないかと頼んだ。
そして翌日、早朝にトラックを借りて、
Yくんとお母さんとたつやの3人で姫路に向かった。
その古い家は日本建築の平屋の立派な建物で、
しかも別棟でワンルームの洋館があった。
庭から見るとその洋館は八角形のようなカタチをして、
外の壁は下見板張りの古い西洋建築を想い起こした。
その部屋の壁にこの1932年のカレンダーがかけられていた。
美術の教師だったこの家の家主が、
画材などを買ったお店のオリジナルカレンダーだ。
表紙はさすがにボロボロになっていたが、
中をめくると、アーティスティックな女性のヌードが
線画で描かれていて、
その下部に月ごとに曜日がピンク色で印刷されていた。
その部屋はまるでタイムマシンに乗って、
70年前に舞い戻ったかのようで、
そこだけが時計の針が止まったままだった。
裕福な家だったのか、本棚やサイドボード、
そして椅子と丸テーブルに至るまでが、
同じ木を使って作られていることに驚いた。
当時は既製品なんてなかっただろうから、
腕の立つ家具職人が作ったものだろう。
埃をはらってみると見事な木目が出てきた。
泥棒が入ったとか、一時期浮浪者が住んでいたとかで、
確かに部屋は荒らされている感はあったが、
家具一式、柱時計、照明、スイッチ、窓枠、
ウイスキーの空き瓶やガラスのペン立て、
それに箱入りの戦前のブリキの玩具など・・・
たつやにとっては、まさにお宝の山だった。
出来ることならこの洋間、そのままを持ち帰りたい。
取り壊し予定のYくんのお母さんも、Yくんも
古いモノにはまったく興味がないようで、
わーわー感激して叫んでいるたつやを見て笑いながら、
好きなだけ持って行っていいよと言ってくれた。
大きな本棚を開けると、
古い美術雑誌の全集などがびっしり詰まっていた。
数冊取り出してみると、出版日はカレンダーよりも
数年早いものばかりで、すべて昭和初期の本。
分厚い表紙がついた上製本で、この当時としては
極めて珍しいカラー印刷がされていた。
オフセット印刷がまだなかった時代のものなので、
おそらく石版印刷だろう。
本当はこれらも持って帰りたかったが、
重いし、置く場所を考えて数冊だけいただいて、
後は置いて帰ることになった。
でもこれって欲しい人にとったらお宝だよな・・・
多少お金になればいいかと思い、
姫路の古本屋に連絡して、引き取りに来てもらうことにした。
しばらくしてきた古本屋の親父は、
そこにあった本のほどんどを段ボールの箱に詰めた。
たつやが持って帰ろうと思って横に置いておいた
ブリキの玩具を見て、
「これもいいですか?」と聞いてきた。
「いやいやこれは私のです!」と断ると、
とても残念そうな顔をした。
帰り際に「これ少ないですけど・・・」と言って、
Yくんに封筒を渡して帰っていった。
「いくら入ってるんやろ?」
と言ったYくんが、封筒を開けてみて、
大きな声をあげた。
「うそやろ!?5万も入ってる!」
3人ともビックリ!
よほど貴重な本があったに違いない。
Yくんは、
「わーいわーい!これで焼肉行こ〜〜」
それまでは古い家の始末に仏頂面だったのに、
途端に満面の笑みを浮かべて飛び回り始めた。
結局、小さいトラックに乗るだけの家具や小物を
引き上げて、そのほとんどはたつやがもらった。
今でもあの洋館の夢を見ることがある。
1932年、昭和7年ってどんな年だったのだろうか。
たつやの両親は奇しくも1932年、昭和7年生まれ。
大正浪漫を過ごしたであろうこの家の美術教師は、
どんな生活をしていたのだろう?
たつやが想像するよりも遥かに文化的な生活をして、
精神的にも成熟した時代だったのではないだろうか。
今でもそのカレンダーを眺め、当時を想像してみる。
月めくりのデッサンも実にいいじゃありませんか!?
やっぱりたくさんの方にブログを見ていただきたくなりました。
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記事2945回目
ブリキの玩具や石版印刷のカラー写真の本も観てみたいですね。(^^)
もうかなり前のことですが、鮮明に覚えています。もっとたくさんのいいモノがあったんですよね〜。
ブリキの玩具や石版印刷の美術雑誌、またブログで紹介しますね。