いつしか途切れ途切れになっていた40年前の
北海道旅行の記憶が、少しずつ蘇って来た。
40年前の春、自分の卒業式を早退してまで、
青森行き特急『白鳥』に飛び乗った。
北海道には最後のSLを求めて、全国からたくさんの撮り鉄が来ていた。
高校生や大学生も多く、貧乏な学生は宿に泊まることなく、
旭川駅の待合室で寝袋で寝泊まりをしていた。
たつやも14日間の北海道旅行のうち、13泊は旭川の駅や、
夜行列車を選んで、車中で寝ることを選んだ。
列車の中は、背もたれが直角の4人掛けの席で、
シートの下からの暖房は熱過ぎて、寝てる間に汗をかいた。
まだ丸刈りの中学生がひとりで、旅しているのは珍しがられて、
列車の中では、毎日のように声をかけられた。
とにかくよく食べ物をもらった。
おにぎり、おべんとう、みかん、お茶、おはぎ、お菓子・・・
何でも、美味しそうに食べるたつやを見て、
おばちゃんたちは、たつやが食べ終わると、
他にあげるものはないかとバッグの中を開けて探してくれた。
食費や宿泊費にお金を使うことに罪悪感を持っていたたつやにとって、
列車の中でもらう食べ物は本当にありがたかった。
当たり前に親切にしてもらえた時代だった。
ある日のこと、列車で隣に座った仙台から来たおじさんが、
旭川駅で寝泊まりしていると言うと、
お風呂はどうしてるのかと尋ねた。
素直に入りませんと答えると、
札幌駅で降りるから着いて来なさいと言われ、
そのまま着いて行くと、
『札幌北四条ホテル』という看板のビジネルホテルに着いた。
カウンターで、シングルをふたつと言っている。
鍵を渡され、1時間後にロビーに来るよう言われた。
たつやにすれば、旅館には泊まったことがあったが、
ホテルの洋室というのは生まれて初めての経験だった。
システムバスも初めてで、どう使ったらいいかわからなかった。
とりあえずお風呂に入って、ロビーに降りた。
ホテルのすぐ近くにあった居酒屋のようなところへ連れて行ってくれて、
好きなモノを注文しなさいと言われ、いくつも注文した。
食べ盛りのたつやが、もうこれ以上食べれない!
というほど、満腹になったことだけは、
今でもはっきり覚えている。
翌朝、おじさんとは駅で別れた。
お礼はたくさん言ったけど、
どうしても住所を教えて欲しいとお願いし、
後日、お礼状を送った。
夕張線のSL撮影で仲良くなった4人組がいた。
彼らはたつやと同い年。
全員が気仙沼から来ていて、かなりのSLマニアだった。
藤村くん、金野くん、大島くん、渡辺くん。
同級生で同じ趣味の仲間がいることをとても羨ましく思った。
数日間を彼らと一緒に過ごした。
お互いに住所を交換し、また会おう!と別れた。
続く
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