2014年10月05日

放生祭(後編)@小浜市

覗いたついでに応援してくださ〜い。
おかげ様で北陸のブログランキングでトップを競っています。
いつも応援感謝しています。

人気ブログランキングへ





放生祭が小浜の人にとっていかに大切な行事なのかは、
町を歩いているだけで、ひしひしと伝わって来る。
老若男女誰もが、この日のために様々な準備をするのだろう。

写真00585.jpg

この祭ではそれぞれ山車、獅子、神輿、大太鼓、神楽という
5種類の異なる演し物が24の区に分別されていて、
中には江戸時代の祇園祭礼から300年以上続くものもあるという。
そのため、祭の演し物は子どもの頃から、
当たり前のように、練習を重ねて、祭を迎える。

写真00588.jpg

笛や太鼓を楽しそうに、しかも上手に演奏する子どもたちを見てると、
彼らは、理由もわからないまま、心と体の中に、
この歴史ある放生祭が刻み込まれるのだろうと思った。

写真00586.jpg

旧市内を歩いていると、たくさんの人やお店が並ぶが、
以前に比べたら、お祭もかなりさみしくなったという話も聞いた。
こんなところにも、少子化の影響がまざまざと映し出される。
昔は夜店がいたるところに出ていて、
一日中、大人も子どもたちも祭を楽しんだそう。
言われてみれば、子どもたちの姿が少なかったかも知れない。

写真00579.jpg

たつやも子どもの頃は、夜店が並ぶお祭が大好きで、
自転車に乗って、隣町の祭に出かけていたものだ。
裸電球の明かりと、祭の喧騒、神社の境内から聞こえてくる踊りの歌、
食べものよりもっぱらパチンコやスマートボールなどが好きだった。

写真00581.jpg

しばらく歩いていると、黄色や赤の衣装をつけた獅子の地区を見つけた。
カツラを被った若い子たちが、舞や戦いを演じるのだが、
これがなかなか面白く、興味深い。
午後の日差しが一番強くなった時間帯だったこともあってか、
出番でない獅子たちは、周りに座って休みながら、
他の獅子を眺めていた。

写真00583.jpg

ホームページを見るとこのように書かれている。

老若二匹の雄獅子と一匹の雌獅子が、笛と歌に合わせて、
胸につけた締太鼓を打ちながら舞う。
この三匹獅子舞は藩主酒井忠勝が
旧領地の武州川越から演者を連れてきたもので、
江戸時代の祇園祭礼には武家「関東組」の人々によって演じられていた。
明治維新以後、一番町(雲浜獅子)と、
この放生祭に奉納する4区が習い伝え伝統を守っている。


写真00584.jpg

玉前区
明治24年に旧関東組の人々から伝授を受け放生祭に獅子を奉納するようになった。
江戸時代には「大黒山」を出していたため、本陣飾りに大黒天の人形が残る。


写真00587.jpg

今年はようやく念願叶って、小浜の放生祭に初めて行くことが出来たが、
見ることが出来たのは、ほんの一握りだった。
時間があまりなく、途中で帰らなくてはならないことが残念でならなかった。

また来年とか再来年に、たっぷり時間をとって、再訪したいと思っている。

写真00580.jpg






いつもありがとうございます。
あなたの応援クリックがたつやの元気の素ですぴかぴか(新しい)

ココバッド(下向き矢印)をちょちょっとクリックしてね(は〜と)

人気ブログランキングへ

2396記事目

タグ:小浜市
posted by たつたつ・たつや at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅先にて・福井県内編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/406593204
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック