2012年07月09日

若狭彦神社@小浜市

今年も常神半島を訪れて、毎回のそのあまりの心地よさはいったいなぜなのだろう!?
と疑問に思ったことから、レイラインという存在を知り、
そのあまりにも面白い事実と、2000年も前の日本人が、
地図もパソコンもGPSもない時代に、どうやってその場所を選定したのか?
という歴史浪漫がたつやを駆り立てる。

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常神半島の一番先にある小さな島『御神島』から、
真南に線を下ろしていくと、そのライン上に位置するのが、
今回、ご紹介する若狭彦神社、そして5月に行った京都の鞍馬寺、
他には京都御所、平安京、平城京、飛鳥京、熊野本宮など、
歴史上でも代表的な都や重要な建物が並んでいる。

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たつやは福井県に住みながらも、この若狭彦神社へは初参拝となった。
最初の鳥居をくぐった時から、空気感が変わった。
参道の両側にある狛犬は、愛嬌ある顔とたくましい肉体が特徴で、
ピンと張り詰めた空気の中にも穏やかな気が流れているような気がした。

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参道を進み、右手に折れると門があって、
そこをくぐると、正面に本殿がある。
圧倒的な存在感!
気を抜くと、後ろに押されてしまうかのよう。

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明らかにまたステージが上がったような空間が広がる。
あまりの空気感に、しばしその場で立ちすくんでしまい、
動くことがもったいない感覚になった。
手と口を清めて、お参りさせていただいた。

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特に先を急ぐ訳ではなかったので、
しばらく誰もいないこの空間を楽しませていただいた。

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若狭彦神社(わかさひこじんじゃ)は、福井県小浜市にある神社。
式内社、若狭国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。

上社・下社の2社からなり、上社を若狭彦神社、下社を若狭姫神社(わかさひめじんじゃ)という。
別称として郡名から遠敷明神とも呼ばれる。

社伝では、二神は遠敷郡下根来村白石の里に示現したといい、
その姿は唐人のようであったという。
和銅7年(714年)9月10日に両神が示現した白石の里に上社・若狭彦神社が創建された。
翌霊亀元年(715年)9月10日に現在地に遷座した。
白石の前鎮座地には、若狭彦神社境外社の白石神社がある。
下社・若狭姫神社は、養老5年(721年)2月10日に上社より分祀して創建された。

『延喜式神名帳』には「若狭国遠敷郡 若狭比古神社二座」として名神大社に列している。
上社が若狭国一宮、下社が二宮とされた。

元々は上社が祭祀の中心であったが、室町時代ごろから下社に移った。
中世には社家の牟久氏が京の官人や有力御家人と結びつき、広大な社領を有した。


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ラベル:神社仏閣 小浜市
posted by たつたつ・たつや at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅先にて・福井県内編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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