武生の商店街の中の一軒の瀬戸物屋で、高校生のたつやは言った。
店のおばちゃんは、棚の中から、それを取り出してくれた。
小さい頃から、好きな色は緑だった。
そのコーヒーカップは小ぶりで形がかわいく、
何と言っても繊細な緑の柄と金細の美しさが際立っていた。
おばちゃんは、こう言った。
「これはいいよ、ノリタケだからね。しかもちょっといいものよ」
他にもいくつかのコーヒーカップがあったが、全く目に入らなかった。
高校生だったたつやにとっては、確か、かなりの高額だったように記憶している。
そのまま、最近(当時)お気に入りの喫茶店JUNONへ行った。
「これ、僕のカップです。お願いします。」
店のお姉さんは、
「あら、かわいいカップ。だけどたつやクンらしくないわね〜」
と笑って、その日のサービスストレートコーヒー、キリマンジャロを入れてくれた。
その頃は、お気に入りの喫茶店に、自分専用のコーヒーカップを
置いてもらうことが、常連さんのちょっとしたステータスだった。
学校の帰りに、自分のカップが置いてある喫茶店に行くことは、
少し大人になったような気がしてた。
それにそこの少し年上のステキなおねえさんに憧れていた。
東京の大学に行って、帰省する度にJUNONに足を運んだが、
2度目の夏に、コーヒーカップがたつやの手元に帰ってきた。
「ごめんね、たつやクン、お店閉めることになっちゃったんだ・・」
少し寂しそうに、話すおねえさんに、
理由を聞くことをためらう何かを感じ、黙ってそれを受け取った。
東京のアパートに連れて帰り、時々、それでコーヒーを飲んだが、
ふるさとに帰ってきてから10年くらいは、そのカップの存在さえ
忘れてしまうような状態で、食器棚の奥に眠っていた。
お店でアンティークのカップ&ソーサーを取り扱うようになって、
はじめて、ノリタケブランドの凄さを知った。
・・・確か、あのカップ、ノリタケっていう名前だったよなぁ・・・
食器棚の奥に眠っていたそのカップを取り出した時、
鮮明にあの瀬戸物屋でおばちゃんに見せてもらった時の映像が浮かんだ。
あ〜、なんてかわいくて、美しいデザインのカップ&ソーサーなんだろう。
高校生のたつやって、結構センスあったんだなぁ・・・と思いながら、
カップの裏を見ると、それは紛れもないノリタケのstudio collectionだった。
その頃に発売されていたノリタケのstudio collectionを最近になって、
いくつか購入したのが、これら。
品があってかわいい小さな柄のデザインが好きだ。
30年経った今も、色褪せすることなく、たつやを魅了してくれる。