2011年05月21日

朽飯神社・第40回式年大祭

3年前に関わった印刷の仕事で福井県絹織物工業組合50周年記念誌があった。
http://onmyojitatsuya.seesaa.net/article/76366481.html

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こういう歴史に関わる仕事に携われたことは、
ずっと後世に残るものだし、本当に名誉なことだったと思う。
仕事を通しての組合員さんとの出会いや、
織物の歴史を学ぶことが出来たことも併せてとても感謝している。

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その仕事をしている時に、旧今立町にある老舗織物会社の会長から、
朽飯八幡神社(くだしはちまんじんじゃ)の話を聞いた。
この神社は織物の神様を祀っているということで、
その神様の写真をお借りして扉の頁に使わせていただいた。

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それから3年が過ぎて、そんなことさえ忘れかけていた頃、
最近人気急上昇中のブログ「和佳の福井幸せ記録帳」
(たつやのブログでもリンクしている)
http://ameblo.jp/a-relation5550/
を見ていたら、
その織物の神様が33年に一度のご開帳があって、
この3日間だけ一般公開されることとなった。
なので、たつやでもご尊顔を拝見できるということなのだ。

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4月29日はまだ雨が残る寒い一日でした。
今回は記念すべき第40回目の式年大祭ということです。
前回は今が2011年なので1978年、前前回は1945年、
えっと3回前は1912年、10回前だと330年前ということになるのです。
ということは40回前はと・・・
もう計算さえできませんあせあせ(飛び散る汗)

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そんな貴重な機会を見逃す訳にはまいりません。
たつやの家から旧今立町朽飯地区までは車で30分足らず。
きっとたくさんのお客さんでいっぱいだろうと思っていたのですが、
意外に少なく、地元の方がほどんどで、後はマスコミ関係者ばかりです。
たつやのような一般の人はわずかです。

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本殿から阿弥陀如来の檀像が神主さんによって、
地区の人たちの神輿に乗せられます。
神輿を担ぐ人たちもほとんどが初めての経験です。
急な石段を神輿が平行になるよう工夫をしながら、下の広場まで降り、
その後また少し石段を登って拝殿まで厳かな雅楽の音と共に運ばれます。

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そして拝殿に安置される直前に阿弥陀如来さまを撮影するチャンスをいただきました。
テレビ局も新聞社もたくさん取材に来て撮影していたので、
きっとたつやのブログで阿弥陀如来さまを掲載させていいものと思います。
33年に一度しか御開帳されない秘仏なので、
次回たつやのブログで紹介することもできませんし^^

それにしても連綿と続く神事を引き継ぎ、
今も変らず続けていく地区の方のご苦労とご努力には頭が下がります。

旧今立地区にはたくさんの神事が残されています。
これからもこうしてふるさとの文化や歴史を訪ねてみたいと思います。

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〜式年大祭について〜

本社の式年大祭は、白山開山の泰澄大師が、当地が霊地であると観じて
七堂伽藍を建立し、行基菩薩の刻まれた阿弥陀像を拝まれると、
毎朝、曼陀羅華が降るという奇瑞があったので、
この阿弥陀像を穢してはならないと本尊の扉を閉めて
これより33年毎に開扉される定めとされたことに始まる。

最初の御開扉は神亀三年(726年)で、本年、第40回の御開帳を迎えるが、
今回御開帳されるのは、源範頼の持仏と伝えられる阿弥陀像である。

源範頼は、源頼朝に追われて日吉御前とともに当地に落ちのび、
この神社に源氏の氏神である八幡大神を祀り、
「八架神」を「正八幡宮」と改めて終生崇敬した。
源範頼の死後、日吉姫は追善のため出家して浄円禅尼となり、
亡君の遺言によって持仏の阿弥陀如来の檀像を、
機織伝来の由緒に因み真奈蛮(お香)を入れた苧桶に納めて本宮に安置した。
その後は、古い御神体(本尊)に代りこの尊像が開扉されている。







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posted by たつたつ・たつや at 23:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅先にて・福井県内編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こうした地域のまつりが、しっかりと伝えられているのは嬉しい限りですね。

漂着と関連の深い、小浜市矢代の手杵祭は、残念ながら無くなっちゃいました。今にして思えば、数年前に漂着物学会・会長だった石井先生を、ご案内したときが、最後の祭りでした。
Posted by Shige at 2011年05月22日 16:31
Shigeさん、地域の方の地道な努力と協力がなければ成り立たない神事です。
この日神輿を担いだ方のうち、次回担げる方はかなり少ないでしょうね。
今回は後世に伝えるために記録ビデオも撮っていました。

小浜のまつりのことは知りませんでしたが、
とても残念に思います。
Posted by たつや at 2011年05月22日 22:21
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