日当たりが良く、自然が豊かに残る素晴らしいところだと思う。
毎年この季節になると、ふらりと訪れることがあって、
先日も夕暮れ前の田倉を訪れた。

15年ほど前に、ふくい宝探し運動「デザインコミュニティ」
という団体に所属していた頃に、この地区を訪れたことがある。
(以下デザコミと表記します)
当時、たつやは広報委員会と宝さがし事業委員会
というところに所属し、先輩に言われるがまま下働きをしていた。
その頃、各地の宝を探し、それを検証し、
他の地区の人に知ってもらおうというツアーなどを企画していた。
各市町村に働きかけて、町の宝ツアーを開いてもらい、
デザコミ側でツアーを企画し、人集めも行うのだった。
たつやが経験しただけでも池田町、今庄町、敦賀市、小浜市、
鯖江市+武生市+今立町、旧西谷村などなど。
今になって考えれば、すばらしいビジョンを持った
凄い団体だった。
ココの団体での活動が
今のたつやの旅の感性の原点になっていると思う。

さて当時の今庄での宝さがしツアーで、この慈眼寺(じげんじ)に来たことがある。
曹洞宗のお寺だったことのみ記憶している程度だった。
春先の慈眼寺の境内には人影もなく、
優しい夕陽が西の空に傾きかけている。

立派な山門をくぐると、誰かがじっとこちらを見ている気がして、
辺りを見渡すと、こんなカワイイ子が迎えてくれていた。
お参りをして本堂の左手に行って見ると、
以前にはなかった観音様がいらっしゃって、
新緑をバックに穏やかな顔を見せてくださる。

※福聚観音(ふくじゅかんのん)は福が集まる観音様です。
慈眼寺三代目住職を務めた快翁玄俊和尚が、後に名古屋の地に移り、
現在の名古屋市千種区に桃巌寺を開いていたということが
最近になって明らかになりました。
遠い昔に途切れた本寺と末寺を結ぶ糸が、
平成の世に不思議なご縁で再び結ばれました。
桃巌寺住職、織田楳仙様の発願により
観音様を信仰する方々と慈眼寺の福聚を願って、
観音像がつくられました。
観音像の中には胎内仏と共に沢山の方々から寄せられた
写経が納められています。
その後、さらに多くの人々のご芳志によって周辺整備が進められ、
今日のお姿となりました。
あるときは仲間連れでにぎやかに、
あるときは一人静かにお参りください。
美しい自然と緑に囲まれ、観音様は清々しく、
穏やかな姿で迎えてくださいます。
毎年4月29日(みどりの日)午前11時より、
福聚観音法要を行っております。
所願成就を願って、たくさんのお参りがあります。
慈眼寺ホームページより抜粋


お庭にはシャクナゲの花が見事に咲いていて、
新緑とのコントラストが見事です。
福井には歴史的に見ても、素晴らしい神社仏閣が数多くありますが、
ほとんど今まで行ったことがありませんでした。
これからはもう少しふるさとの歴史や文化について
勉強したいと思っています。

そういえば、当時の今庄での宝ツアーがきっかけとなり、
今庄観光ボランティアガイドの会が発足したのでした。

慈眼寺についても、いい勉強になりました。
以下、同じくホームページより抜粋。
慈眼寺は正しくは普門山 慈眼寺(ふもんざん じげんじ)といい、
福井県の曹洞宗のお寺です。
嘉慶元年(1387年)に天真自性禅師(てんしんじしょうぜんじ)
によって開創されました。
ご本尊は十一面観世音菩薩です。
盛時は七堂伽藍を備え、寺内に塔頭十七ヶ寺を従えており、
諸国に千二百ヶ寺の末寺を有していましたが、
長い歴史の中で、たび重なる火災や寺領没収など様々な難に遭遇し、
姿を変えて今日に至りました。
緑深い杉木立の参道が、往時の幽玄な寺の様子を偲ばせます。
歴史と、数多くの伝説を残し、
雪深い山の古寺は信仰ある人々に支えられ、今日に至っています。

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こちらの福聚観音像は僕のタイプです。
真面目な話ですよ。
ホントに見とれてしまうような綺麗なお顔です。
自然豊かな緑の中にあると余計に美しく見えます。
マジメな話っていうのがいいね^^;