2009年04月02日

母が過ごした町・三重県朝日町柿

昭和20年に入ると、しょっちゅうアメリカの空爆機B29がやってきた。
毎日のように空襲警報がなった。
すぐ近くに東芝の軍事工場があったためだ。
当時小学校6年生だった母は近鉄朝日駅で戦地に向かう軍人さんを
クラスメートと共に日の丸を降って送り出した。

たつやの母親は昭和16年から20年5月までを三重県朝日村(現朝日町)柿
というところに祖父の仕事の関係(東芝三重工場)で、住んでいた。

三重に行くもうひとつの理由は、ここを訪れてみたいことだった。

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母がこの地を離れてから63年。
もちろん当時の面影など残ってはいないだろうが、
知らない街中を歩くことが好きなたつやにとっては、
少しだけ違った視点で朝日の町を歩ける気がした。

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朝日町という道路案内板を頼りに走っていると
立体交差の左下に大きな工場の屋根が見えた。
その工場が東芝のものかどうかはわからないが、
立体交差を下りて小さな道を左に入り、
少し先の空き地にクルマを停めた。

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その辺りにはかなり古い民家も残っている。
工場の近くまで歩くと
近所の子どもたちが歓声をあげて外を走り回っていた。

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ねっ、この工場ってトウシバ?」
あっちあっちぃ〜」と指差す女の子。

どうやら、目の前の建物も東芝の工場なのだろう。
子どもたちが教えてくれたのは、
正面の建物なのだろうということは容易に想像がついたが、
その支持に従って高い塀垣の前の細い道を歩いた。

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畑にはちょうど菜の花が満開だ。
こういう景色は昔も今も変わらないだろう。
母も同じ風景を見たのだろうか・・・。
やがて大きな建物が見えて正面に廻るとToshibaの赤い文字。
目の前の公園から母親に電話をかけた。

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出かける前に、もしかすると朝日村に行くかもしれない
と言ってあったので、
近鉄朝日駅前から電話をかけても、さほど驚く様子もなかった。
しかしながら電話で案内されるがままに歩いた駅前から
母が通った朝日小学校までの道のりは完璧だった。
しかもたつやがクルマをとめた場所は、
その小学校から、わすかに100mと離れていなかったことの
偶然にも驚きを覚えた。

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再び電話をかけて、今度は当時、
母が住んでいた東芝の社宅を訪ねることにした。

近鉄朝日駅から朝日小学校までの道も、小学校から社宅までの道も狭い道だが、
その道こそが旧東海道だった。
母の63年前の記憶では、その道沿いに油揚げや豆腐を売っていた
こめき』という店があったらしい。
そこを右折し関西本線の線路を渡る。

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そろそろかな?と思った頃に左手に『こめき』という看板が見えた。
近づいてみると、そこは豆腐やではなく洋品店だった。
ちょうど通りがかった母と変わらないであろう年齢のおじいさんに聞いてみた。
すいません、つかぬことをお聞きしますが、
昔この辺りでこめきさんというお豆腐や油揚げを売っていたお店はありますか
?」

あっ、ありましたよ。そこの建物です。そこが何か?」

簡単に事情を説明し、お礼を言って別れた。
こめきを左折して、少し行くと踏切があった。
関西本線だ。

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母の話だと、踏切を渡り少し坂を上がると左手に溜池があって、
その池の上辺りに社宅があったのだそうだ。
確かに坂になっていて登ると左手に溜池がある。
しかしながらコンクリートで護岸したプールのような池になっていた。
だけどその池の中では鴨がのんびり泳いでいる。

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昔東芝の社宅があった場所には
やはり東芝のマンション形式の集合住宅が建てられていた。

母の話に出てきた、竹藪と桑の木畑ばかりだったところは、
閑静な高台の住宅地として分譲されていた。

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たくさん採れた桑の実をスカートを広げ、風呂敷代わりした
と言った母の話を思い出し、その姿を想像しながら坂を降りた。

風は冷たかったが、確実に春の匂いを嗅いだ日だった。

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ラベル:三重県 昭和の町
posted by たつたつ・たつや at 21:30| Comment(14) | TrackBack(0) | 旅先にて・国内編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わたし,数年前に東芝三重工場に仕事で行った事があるんです。どちらかといえば小型の電動機(モーター)を主に製造している工場です。
せっかくなのでお願いして工場内の見学もさせてもらいましたが,古い建物もほんの一部だけ残っていましたよ・・
Posted by poptrip at 2009年04月02日 22:38
連続カキコすみません。
たつやさんのお母さんは横浜にも住んでたんですかね。僕は東芝の京浜工場,浜川崎工場にも何度か仕事で行った事があります。
工業地帯の中にあり,三重工場のようなのんびりした雰囲気はありませんが・・・
Posted by poptrip at 2009年04月02日 22:54
こんばんは、たつや様

相変わらずのあたたかな写真に毎回見とれています。
まさに「tatuya eye」ですね。

ようやく暖かくなってきました。
また遊びましょうね。

僕の周りのたつやファンも含めて今度遊びに行きますね。

ちなみに、ショウチャンマウス=Sニシです。
Posted by ヒトスジナワ=snpハヤ at 2009年04月02日 23:17
たつやさんは、自然に親孝行が出来る人ですね。
少なくとも僕にはそう写ります。いろんな場面で憧れます。
何かと見習いたいと思うのですが、どうもギコチナクていけません。
Posted by おーちゃん at 2009年04月03日 09:31
まっするさん、ガッツさんいろいろご配慮ありがとうございます。
ま、あまり気にされることはないですが、
適度なコメントの方が(記事に関係ある)
ベターかもしれませんね。
Posted by たつや at 2009年04月03日 12:22
ブロガー本人さんより他の人の方が、わたしのコメントに関心あるなんて・・ならわたしのフクフリにもコメントしてーよって云いたい・・
元同僚からもメールでは聞いていましたが、今朝の新聞で、武生から撤退とか・・奈良市長が本社に掛け合いに行くとか・・・創立当初よりわたしも30年近く精一杯頑張らせてもらいましたので・・武生から会社がなくなってしまうのは、ほんとうに偲びないことですが・・それだけ平成の大不況は深刻だということでしょう・・
Posted by まっする at 2009年04月03日 12:54
三重県には3カ月ほどいたことがあります・・あれから・・38年も絶つが・・一度も行ったことがない・・もう、わたしの住んでいた街並は随分と変わってることでしょうね・・いつかは一度訪れてみたいものだと・・ふと思い出しましたね・・
Posted by まっするウォークマン at 2009年04月03日 16:07
「角を曲がる子供たち」に一票。
いい絵ですね。
Posted by ラテおじ at 2009年04月03日 22:06
子供たちが小さい時や甥っ子たちが小さい時にはよく写真を撮っていましたので、子供たちの無邪気さは今も昔も変わっていないんだなぁーと・・たつやさんの写真を見ていると、なつかしーい昔にタイムスリップ出来るような・・写真なのに、わたしには、動画にも見えるようで・・また、声や街なみのいろんな雑音も聞こえてくるようて゜・・・毎日、タダでこんなにも素適なものを魅せてもらって・・感謝感激です。ありがとう・・
わたしも長年、モータ製造に関わっていたので・・おそらく国内での競争相手ではと、とても関心のあるコメントでしたね。
Posted by まっする at 2009年04月04日 08:47
poptripさんにとっても、このエリアはまったく関係ないって訳じゃないもんね。
一番上の古い写真は横浜の鶴見工場での祖父の写真です。
当時、祖父はモーターの設計に携わっていたとのこと。

仕事で東芝の工場って!?
いったい何の仕事してるんでしょうね?

知ってるくせに・・・って^^;
Posted by たつや at 2009年04月05日 23:12
ヒトスジナワさん、写真褒めてくれてありがと^^
風景写真は難しくて・・・。
でもどこかに人が入って、その中に物語りがあるような、
写真を目指していますが、なかなか難しいですね。

だけど旅先でカメラを常に持っていると、
いい風景に出会えます。
それがいいカタチで残ればいいと思っています。
Posted by たつや at 2009年04月05日 23:15
おーちゃん、たつやも昔は恥ずかしくてとっても出来ませんでした。
それなりに年を重ねると親のありがたみが身に沁みます。
大したことはできなくても、
親が喜んでくれることが出来ればと思っています。

おーちゃんなら、もっとできると思うよ^^
Posted by たつや at 2009年04月05日 23:17
ラテおじさん、ありがと!
たつやもあの子どもたちが走ってる写真気に入ってます。
一番小さな女の子が、付いていくのに必死で走ってたのが、
めちゃめちゃ可愛かったです。

なんであんなに楽しそうなんでしょうね^^
Posted by たつや at 2009年04月05日 23:20
まっするさん、昔自分が住んでいたところを訪ねるのって、
きっと面白いと思いますよ。
三重のマラソンに出て、行ってみたらどうですか?

それからね、ガッツさんがあそこまで言ってくれたのは、
まっするさんのことも心配してるからなんですよ。
会社的にみたら×ですからね。
Posted by たつや at 2009年04月05日 23:22
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