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もう何十年も前からこの時期のテレビのニュースで
必ずと言っていいほど流れてくる小浜の放生祭(ほうぜまつり)
の様子を見る度に、来年は行こう!と思いつつ、
結局一度も行くことが出来なかった。
立派な山車や獅子舞や歌や太鼓などの臨場感溢れる画面から、
やはりこの祭りを五感で感じてみたいと思っていた。
そして、今年念願叶って、歴史ある小浜の放生祭に出かけた。
宿泊先は、少し前にこのブログで紹介した「若狭路の宿さわ」さん。
本当はめちゃめちゃ忙しい時期だったにも関わらず、
いつも通り、美味しいお料理でもてなしてくれた。
今年は澤さんの住んでいる地区、貴船区は祭りの出番なので、
本当に忙しい最中に、泊めてもらった。
翌朝、朝食をいただいた頃には、澤さんは祭りの正装に着替えて、
旧道の地区の建物がある場所に行っていたようだ。
たつやも朝食後、すぐにカメラを持って出かけた。
黄色の着物を着て、羽織袴の澤さん!
おお!かっこいい!
地区の人たちが皆集まっていて、
子どもたちは既に、山車の上に乗って、出発の準備を待っていた。
さてここで放生祭の説明をホームページから抜粋して紹介したい。
放生(ほうじょう)とは、捕えられた魚鳥に法を修して山野、池水に放つ慈悲行で、
この放出を放生会(ほうじょうえ)といいます。
天武天皇5年(677)8月に初見されますが、
養老4年(720)の宇佐八幡宮放生会として
八幡神社で独自の法会として発展してきています。
小浜市の八幡神社は創建年代は不詳ですが、
諸々の記録から約1000年の歴史を有するものと推定されます。
中世室町時代には、流鏑馬、管弦、江戸時代は相撲や能などが奉納されていました。
放生祭りの出し物は江戸時代、市内にある廣峰神社の祇園祭りに出されていましたが、
明治以降、町名改編区制導入などにより、放生祭りとして定着するに至っています。
大太鼓5区、山車9区、獅子舞4区、神楽5区、神輿1区の24区が
交互に隔年で12区ずつ出陣して、伝統の神事芸能を演舞奉納します。
市の無形民俗文化財に指定されており、若狭路最大の秋祭りとして豪華絢欄、
風流を極める放生祭りは、地域の誇る伝統行事として
町衆の心意気によって受け継がれているのです。
貴船区というちょっと変わった名前だと思っていたら、
それぞれ生玉区、日吉区、多賀区、住吉区、神田区、白髭区・・・
と言ったように、有名な神社の名前が付けられていることに気が付いた。
澤さんの奥さんに話を聞くと、小浜は江戸から明治にかけて、
何度も大火に見舞われ、甚大な被害をこうむったということで、
その時に、有名神社の名前をつけて、神様に守ってもらおうという意図で、
明治時代にこの地区の名前が付けられたのだそうだ。
以来、大火は一度も起きていないとのことだった。
そういえば、2日間行われるこの放生祭は、どんなお天気の日でも、
どこかでちょっと雨が降るとも言われていたり、
〇〇区が出番の年は必ず雨が降る・・・などとも言われているらしい。
朝、海沿いを散歩した時には青空が広がっていて、
雨が降るなどとは、まったく思っていなかったが、
山車が出発する前の、ほんの数分間、雨が落ちてきたり、
お昼前、駅前の地区へ行った時に、
そのエリアだけ地面が濡れていたりしたりした。
放生祭は延々と1300年も続いているというのが凄い。
最近は作られた祭り(イベント)が多い中、
こうした伝統的な祭が伝えられて来ていることに感動した。
また小浜の人たちの心意気がこの放生祭から伝わって来た。
残念なことに、2日間のうち、半日ちょっとの滞在だったので、
来年こそ、じっくり腰を据えて、
どっぷり放生祭に浸ってみたいと願っている。
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