2013年07月05日

人類の進歩と調和『日本万国博覧会EXPO'70』

今まで、ブログに過去のことを書くことは、
意識して、なるべく避けようと思っていた。
と言うのは、自分の年齢を直視した時に、未来の時間よりも
過去の時間の方が多いという事実を受け入れたくないことや、
同じ世代の仲間が集まっても、話題は圧倒的に過去のことばかりで、
それらがつまらないと思う自分がそうさせたのかもしれない。

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だけど、そんな想いも少しづつ変化していくのかもしれない。
自分の生い立ちを思い起こせば、写真等はないものの
人とは違った少年時代を過ごしたたつやのことを、
たまにはブログに書いてみてもいいのではないか?と思うようになった。
まぁ、それだけ年を経たということなのかもしれないが。

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少し前に何を思ったか、大掃除をすることにした。
たつやはモノ持ちがいいと言えば、聞こえがいいが、
昔のちょっとした思い出の品や、昔の友人からもらった手紙や写真、
お土産品、もう二度と着ることもないと思われる服などが、
捨てることが出来ずに、部屋の中に雑然と置いてあった。

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部屋を掃除するには大きな段ボールの箱を3つ用意する。
ひとつは大切にとっておく箱。
もうひとつは捨てるものを入れる箱。
三つ目は捨てるかとっておくか迷う箱。


たつやが尊敬する斎藤ひとりさんが推奨する掃除方法を実践することにした。
洋服は迷うことなくすべて捨てることにした。
迷ったのは、プロレス関係や昔の友だちからの手紙やバースデーカードなど。
それも最後には面倒くさくなって、それらの迷った箱もすべて捨てることに。
気がつくと、段ボール12ケース重さ130kgを市のクリーンセンターに運ぶことになった。

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さて、残そうと思ったモノの中に、こんなパンフレットが出て来た。
1970年に大阪で開催された日本万国博覧会EXPO70で、
小学校4年生のたつやがもらってきたものだ。
期間中、家族で一回、会社の慰安旅行で一回、
父の青年会議所かライオンズクラブの家族会で一回。
合計、万博には3回行った記憶がある。

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父が買ってくれたコダックのインスタントカメラで、
万博の建物を撮るのが、楽しかった。
人気のあるパビリオンは、何時間も並ばなければならず、
アメリカ館にあった『月の石』は結局一回だけしか見ることが出来なかった。
日本の代表的企業のパビリオンは、いろんなところを見学に行ったが、
中味に関してはあまり記憶に残っていない。
ただ三菱未来館、古河パビリオン、日立IHI館、サンヨー館、
自動車館、松下館、みどり館、フジパンロボット館という名前をよく覚えているし、
太陽の塔やお祭り広場という単語を思い出すだけで、
あの時のわくわく感が蘇ってくる。
もう40年以上開いたことのない、もしかするともらってきただけで
一度も開いたことのない色褪せた各テーマ館のパンフレット。
この当時の日本が50年後の未来を予想したページを発見した。
それまで後7年。
果して、実現出来るのだろうか?

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あれから43年が経過して、改めてEXPO'70を調べてみると、
いかにこの万博がモンスターイベントで、
高度成長していた時代の日本、日本人の熱意を感じざるを得ない。

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以下、wikipediaより抜粋

「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、77ヵ国が参加し、
戦後、高度経済成長を成し遂げアメリカに次ぐ経済大国となった
日本の象徴的な意義を持つイベントとして開催された。
日本においては1964年の東京オリンピック以来の国家プロジェクトであり、
多くの企業・研究者・建築家・芸術家らがパビリオン建設や
映像・音響などのイベント制作・展示物制作に起用された。
大阪市など会場周辺市街地では万博開催への整備がなされ、
道路や地下鉄建設など大規模開発が進められた。
一方、第二次世界大戦以来の規模となる芸術家らの国家イベントへの動員は
文化・芸術界内部で批判があったほか、
同じく1970年に予定されていた
日米安保条約改定に関する議論や反対運動(70年安保闘争)を
大イベントで国民の目からそらすものだとして、大学生らによる反対運動も行われた。

テーマ館の太陽の塔やアメリカ館・ソ連館などの、
人気パビリオンでは数時間待ちの行列ができるなどして大変混雑した。
特にアポロ11号が持ち帰った「月の石」を展示したアメリカ館の行列は延々と続き、
途中であきらめて他の館へ行く人も多かった。
その異常な混雑ぶりから、テーマをもじって『人類の辛抱と長蛇』や
『残酷博』と揶揄されたことがある。
また、国際博覧会史上初めて黒字となった。

名称:日本万国博覧会(Japan World Exposition)
テーマ:「人類の進歩と調和」(Progress and Harmony for Mankind)
開催期間:1970年3月14日〜1970年9月13日(183日間)(一般公開は3月15日から)
性格:国際博覧会条約に基づく第1種一般博(General/first category)
会場運営:財団法人日本万国博覧会協会
面積:330ha
総入場者数:6,421万8,770人(うち外国人 約170万人)
目標入場者数:3,000万人(その後5,000万人に上方修正)
参加国数:77カ国4国際機関
迷子になった親と子供の数:22万643人
モノレールへの乗車人員:約3,350万人
売上金額:入場券 約350億円 食堂・売店関係 約405億円
1日の入場者:最高 83万5,832人(9月5日)最低 16万3,857人(3月16日)平均 約35万人
迷い人:大人 12万7453人 子供 4万8190人
落し物:5万227件(その内、金銭は4,780万円)
食中毒:43件 計404人


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たまにはこうして過去に遡るのも悪くないと思っている。





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posted by たつたつ・たつや at 23:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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